理を憶えたがる12月2日金曜日

言葉を身近にする習慣 日記を再開するときに思っていたことの一つに、以前の文章を書く習慣があったときのほうがもうちょっと楽しかったんではないか、というものがあった。確信できるほどのはっきりした実感でもなく、紐付けられる現象や根拠もなく、しかも…

本を読みたがる12月1日木曜日

哲学もりあがってない? 面白そうな本を妙にたくさん見かけている。流石に記憶しきれなくなってきたのでピックアップしていた。特に哲学関連の上質な読み物がかなりの盛り上がりを見せているように感じられている。ぼくの観測範囲の問題なんだろうかとはむろ…

朗読する三十日、水曜日

Audible 最近はAudibleをときどき活用している。書籍を朗読してくれるサービスだ。実際に試す前には、声で読み上げられた文章に集中できるものなのだろうか、という不安があった。聞き流してしまいぜんぜん頭に残らなそうだ、くらいの想像をしていた。でも、…

老衰する二十九日、火曜日

コテンラジオ289回 『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』の最新回(289回)を聴いた。「死と老い」がテーマだった。題名を聴いたときに想像したものより斬新な切り口で素敵だった。老いの先に死を見るという感覚がそもそも現代的だし人間的、というところから始…

改造する二十八日、月曜日

マストドン Twitterまわりがゴタゴタしている。その影響を受けてMastodonという分散型SNSの盛り上がりが少しだけ再燃しつつある。登録し直して(前にも登録していたので、引っ越し処理をした)少し遊んでいる。楽しい感じだ。言うなればTwitterをやり直して…

生存する二十七日、日曜日

気力は有利 無気力、無関心を、推奨しないものとする生きかたがまあ普通だろう。なにもしないことを突き詰めていくのは、自滅につながっていく道でもあるので、なおさらである(無気力、無関心が、イコール、なにもしないことにつながるかどうかは一考の余地…

質問する二十六日、日曜日

スマホ視野 スマートフォンの画面で文章を書こうとすると、視野が狭くなる。視野が狭くなるというか、コンピューター的に喩えるなら「作業メモリ」が減る感覚があった。書いているあいだに前提として認識しておける背景や文脈が、少なくなる。結果、流れに対…

対抗する二十五日、金曜日

常套句禁止 常套句が思考停止を誘うので、排除したほうがよいよ、という指南はいつも頭の中にある。思考の手癖で型通りの言葉を吐き出すだけの脊髄反射的な処理に「思考」は無い(のでダメだ)、という警句だ。自動的に出てくる浅慮なんて聞いてる暇はないと…

反転する二十四日、木曜日

明晰な自己認識 自己認識における明晰さこそが肝心だ。そう言えるタイプの世界観が根付いている。気づいていない自分の行動や気持ちに「気づく」たびに快感を覚える習性があるせいだとは思う。その余波で、気づきたい!とすぐ思う癖も出来ている。そして、こ…

紹介する二十三日、水曜日

一個一個紹介 電車の中でぱらぱらと読んだ本、更新されたWEBまんがの一話、ふむふむと読んだはてなブックマーク経由の記事、接触したコンテンツなんて毎日無数にあるので、それらを一個一個紹介していくだけで日記なんて無限に埋まる、とは思った(「埋まる…

支配する二十二日、火曜日

同じ地平を軸線とする 起床時刻や食事、天気などを、日記に書きつけることに対し、たいした話題でもないため(ここの判断もどうなのかだが)文章としてつまらないものになっちゃうんじゃないか、と考えていたことがあった。最近は、毎日の記録として「確実な…

流転する二十一日、月曜日

素晴らしいものなので 「これ」は素晴らしいものなのだからそれに対して「嫌い」とか「つらい」とか思っちゃダメなんだ、という判断をときたま見かける。思っちゃダメだ、という認識がそもそも嫌いなので、なんにせよ避けたい思考経路ではあるのだけど、対象…

計算する二十日、日曜日

文学フリマ 文学フリマ東京35の開催日。興味はずっとありつつも行ったことがない。近くを訪れてみたもののビビって帰ってきた経験はある。東京開催は半年ごとのようだ。開催時期もこれまで認識できていなかった。まわりが騒がしくなるのを多少羨ましく眺めて…

落下する十九日、土曜日

繋がりたいタグ つながりたい系ハッシュタグ(××な人とつながりたい)に対する侮りがひどい、と再認識した。ださいとかせこいとか思って避けているところがある。つながりたい系タグで得られるであろう(と想定されているであろう)つながりの「浅はかさ」を…

埋没する十八日、金曜日

HUNTER×HUNTER 37 HUNTER×HUNTERに異能バトルというラベルを貼り付けようとすると個人的には違和感が出て笑う。ともあれ、異能的な世界の物語に触れたときにまず思うのは「ほんとうにこんな社会が成立するのか」だ。ステータスが見える、スキルシステムがあ…

成長する十七日、木曜日

一文字 いまのところ記述行為が妙に楽しくて、ここ数日はそれなりの文字数を吐き出せている。関連事項が次から次へと湧いて出てくる。とまでは言えないにせよ、なんとなく好調だ。見た目としても文字がいっぱい並んでいて充実感がある。でも、この充実感に慣…

視聴する十六日、水曜日

ドンブラザーズ 戦隊も仮面ライダーも定期的に強く琴線に触れるやつが来る。調べてみると監督や脚本、音楽などが同じ人だったりするので、驚かされる。そこに明確な好みがあることにびっくりする。遠目で眺めていた時には違いを見て取れていなかったにもかか…

推賞する十五日、火曜日

おすすめ いつだってオススメしたいしオススメされたい。なので、推薦文がとても好きだ。できるだけいっぱい書かれて欲しい。誰にだって書いて欲しい。好きな相手ならなおさらだ(推薦文の推薦文)。ただ、人から薦められるとむしろ楽しみが減じる、って話は…

露見する十四日、月曜日

世界平和 世界平和が心の片隅にでも意識されているのが好きだ。真っ当に世界平和のことを見つめつつ話してくれる人を(どのくらいの規模と可能性を踏まえているかはともかく)尊敬する習性はかなり出来ている。こうすれば完成だなんて言えるわかりやすい世界…

睡眠する十三日、日曜日

日記における描写/説明 (昨日の日記の関連)日記に対しても描写/説明を対比させて考えることはある(というか、そこが気になるので、描写/説明を題目として掲げがち)。日記においての描写について考えていくうちに、心理描写と心理説明の違いにはときど…

再現する十二日、土曜日

ダイアリーとログ はてなダイアリーという概念が消滅したことに対して、今でも少し哀しい気持ちがある。なんとか「ダイアリー」と「ブログ」を両立させる道とかはなかったのか、という妄想もしたりする。人類にダイアリーとブログを別物として認識させるのは…

連結する十一日、金曜日

公言 凄い、素敵だ、面白い、嬉しい、好きだ、と思って、公言する。世に響く感じで言葉にできる。インターネットによってやりやすくなったことの一つだろう。わりとずっと、このあたりを軸足にはしている。あなたの抱える、凄い、素敵だ、面白い、嬉しい、あ…

策定する十日、木曜日

幼稚 精神に対して、幼稚、って言うのが嫌いだ。幼稚でもいいじゃんと思うし、幼稚ってそもそもなんやねんとも思うし、幼稚を排除した立派な「おとな」が理想で完成なんですかねえとも思う。おとな概念を狂信しないぞという気持ちだ。立派なのは、まあ、いい…

放免する九日、水曜日

帳尻合わせ 着想一つを勢いまかせでぽんと言葉にして置くと、たいていは過剰か不足かを感じることになって、ブレとズレを矯正したくなる。結果として、弁護を重ねる羽目になる。この文章もすであやしいところだろう。そして、こういう文章ってわりとつまらん…

敬愛する火曜日

好きな書き手比べ 好きな本の著者と、好きなブログの著者、二人を並べて、二度とその手による文章が読めないとしたらどちらを選びます?と聞かれたら、非常に悩むことになるな、っていう空想はよくしている。選べないくらいどちらにも好きな人物がいるせいだ…

叙述する土曜日

書いた いろいろ書き直して今を迎えた。ひさしぶりの叙述だ。書いている時の思考の雰囲気が前と一緒だった。成長も衰退もないなあと思った。ちょっと笑った。どちらかと言うと、一新していて欲しかった、とか思ってしまうのだけれど、あまり良くない考え方で…

2018-11-24

世界の知らない側面や内部を知ると人生の面白さが増す。と思っているので知識が好きだ。いかなる情報でも知識になりそう、って認識も時々持ってしまっているのだけど、知らない側面や内部かどうかは情報によりけりなので、ぜんぶがぜんぶ、面白さの増幅に有…

2018-11-23

好き、楽しい、気持ちよい、といった感覚や感情を「利害」を判定する時の内容の一つに加えるかはあくまで自由であり、感情や感覚を主や多数にすると感情的と言われるものになって、副や少数にしようとすると理性的と言えるものになる、のかな、って考えてい…

2018-11-22

問いをぶつけてみるのが好き、解析するのが好き、整理整頓するのが好き、というような行動群に「繋がり」があると思ってしまっている雰囲気があるけど、ここの隙間、ほんとに繋がってると思ってしまっていいんかなー、って見つめ直していた。近しいと思うこ…

常識なんて(常識だから)いつでも参照可能、という錯覚がありそう

▼▼当然とか常識とか普通とかいうようなものが、やっぱり、頭の中ではいつだってぐるぐると渦を巻いていて、いつでも参照可能、といった気持ちで生きているのだけど、一つの瞬間、一つの場面、で、脳の俎上に載せて運用できているのって、結局は一部だな、と…