世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年11月17日(月)きのうと同じ話

端的じゃない

昨日とかんぜんにおんなじ話になっちゃうけれど、「端的」の反対としてイメージする「端的じゃない」状態のイメージが、悪すぎる。ビジネス界隈が「端的」をめっちゃ推してくるので、いつの間にか乗っ取られたかもしれないな、とすら思った。

一文・一行で、スッと終わらせることの対抗馬として、思惑や気持ちをぬるぬるぬるっと描き出すようなことばを想定しているわけだけど、ほんとうに、無駄話、って感じの例ばかりが思い描かれている。実際は、丁寧にいまの想いを伝えるための、ゆったりとしたわかりやすい語り口だってあるはずなのに、そこがうまく想像できていない。

「端的な文章から始めたい」というような一文で、スッと描ききるのと、「昨日とかんぜんにおんなじ話になっちゃうけれど、端的の反対としてイメージする端的じゃない状態のイメージが、悪すぎる」みたいな語りから始めるの、後者を「だらだらとした無駄話」みたいな形容で(内容も意味も質もよく見ずに)頭から決めつけているところがあるので、だいぶよくない。

同じ話

同じ話を二日続けてするのもけっこうよい。これは、日記を書き続けていないと思い描けない認知って気がするので、わりと楽しいな。