世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年11月2日(日)だからこそむしろよい

勉強、学問、研究、アカデミズム、サイエンス、科学、知識、知恵、文化、文明、知性、知的。このあたりの領域を総称するのってちょっと難しい。「知」でいいのかな。知の領域。知の体系。頭を使う領域。考える領域。

むしろ

勉強とか頭を使うとかは、基本的には好きで、ずっと楽しんではいる。それらを好んだことについて、もちろん功罪あったとも思う。

ただ、「むしろ」や「だからこそ」といった"かぶせ型の反転技法"を会得できたのは、非常によかったところかな、とは思う。そんな技法を「知」の周辺で見かけて、いつの間にか真似するようにはなっていた。上から覆い被さる形で反転させる。そうやって、常識的には否定されていたようなものも上手に肯定してみせる。

いわゆる弁証法のジンテーゼがそのイメージなんだけどこれが適切なイメージの当てはめなのかは、ちょっとあやしい。

「知」の領域の人たちって、「むしろ」「だからこそ」と、ちょくちょく言っている。これらのことばを携えて、既存の枠組みを、なんの憂いもなくあっさり破砕しようとしてくる印象すらある。でも、その手際を目の当たりにできたのはよかった。一回転させてむしろ受け容れられるようにする技があるなんてことを知れてよかった。