よっぱらい
飲み会の終わり。電車に揺られながら書いている。電車の中で素早くフリックしていると、邪魔とまではいかなくとも、目に余る印象はあって、なんとなく遠慮させられることも多い。別に人の意識に引っかかりたくはない。邪険にされたくもない。が、いまは酔っているので、「気になり度」が低めだ。視界の縁のあたりを無意識のうちに遮断気味にしている。視野狭窄を許すどころか積極的に採用してみせようとする気概すらある。悪戯心なだけな気もするけど。
なんにせよ明確に酔っている。この種の精神状態・身体状態で叙述を続けると、論理の距離感を見誤りやすくなる印象だ。空白を見過ごしやすい。つまり翌日読んだときにアラが目立つ。ここの説明とここの説明、どうやってつながってたの?というダメージを喰らう。いま、がんばって、飛躍や破綻のないよう、意識して、ことばを繋げているつもりだけど、うまくできているか、実は判定できない。少なくともいまは感覚があてにならない。なんというか、読み手の想定時、予備知識がある人間の意識と、予備知識を持たない人間の意識を、区別してシミュレートできなくなる。