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日記を書きます

2023年12月24日(日)人見知りを察したい

来客

親類の来訪日だった。時節柄、必要となった品を回収し、その足で、お子さまとも軽く遊んでいった。馴染みの薄い人との触れ合いの機会を貰えて正直ありがたかった。せっかくの機会だし活かしたかった。とりあえず人見知りする性格かどうかは知っておきたい。どんなふうに、どれくらい、人見知りしてしまうのかも、理解しておきたい。「人見知り」と呼ぶほどの状態かどうかはさておくにしても、適切な距離感を知っておくと、いろいろなところで動きやすくなる印象があるからだ。自分にとって適切な距離感、世間にとって適切な距離感、といったものが、正解があるにせよないにせよ、見えていると、いくらか動きやすくなる。

現状のお子さまを見ている限り、とりあえず初手では、ほどほどに距離をとろうとしている気配がうかがえる。緊張あるいは警戒かなとも思ったのだけど、たぶん、照れている。好意を小出しにしながら距離感をつめていく光景もときどき見かける。今日の親類とのコミュニケーションでも、なんとなく近づいては離れながら、ゆっくり馴染んでいこうとする姿が見られた。想像より少し時間はかかっていた。ただ、警戒心をずっと剥き出しにしているよりはよいんだろう。

こういった「人との距離感」の趣味を押しつけてしまうことだけは避けたいなと考えている。適合しない距離感が癖になってしまうとコミュニケーションの負荷ばかりが高まってしまう印象だ。無意識に混乱させられるだけと言ってもよい。肌に合わないコミュニケーションの距離・手法に下手に馴染んでしまうと、あとあととても困る。まったく性に合わないコミュニケーション距離・手法を活用する相手とやりとりする機会も当然あるため、自分自身に合うやりかたに"閉じて"いればよいというわけでもないのだけれど。