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日記を書きます

20230823 慣用の話

普段使いしない慣用

独特な慣用表現(文語的、スラング、格式張ったもの等)の存在に気づけた瞬間の気持ちよさがある。この最初の一文についても「の存在に気づけた瞬間の気持ちよさったらない」という言いかたがあったなあと気づいた。"ったらない"だ。普段使いはしていないため初見では基本的に出てこない。書いた文章をなんども読み返して、意味とリズムをなぞっていたりすると、そのうち不意にやってくる印象である。ときどき出くわすことができる。あらためて出会い直した結果、新鮮味を覚え、おもしろい言い回しがあったと気づき、妙に使いたくなってしまって、採択はしがちだ。

慣用句や常套句、紋切り型の表現は思考停止を誘うのでよくないよ、という指針を好んでいる。「このもののことはこの単語であらわしましょう」「こういった情景はこういう言い回しであらわすものです」といった無意識の拘束に気づいて、逃れようとするのは、よいおこないだ、と思っているところはある。その考えと、前述した「こんな表現あったな~、なんかおもしろいから使おう~」が、現象的には矛盾して見えることもありそうだと感じたため、少しだけ気にした。

ボトムアップとトップダウンは違うよ、といった説明でそこにある"差"を説明することはできそうではある。「押しつけられたものと提案したものは違う」と言ってもよいし、「唯一の答えとしてあてがわれるのと選択肢のなかから選ばれたものは違う」言ってもよい。「あなたが選んだものとぼくが選んだものでは背後にあるプロセスが違うから」とツッコんでもよい。「支配されているときと支配を奪い返したあとでは、たとえ手のひらに載せているものが同じだとしても、情景としてはぜんぜん別物だ」という認識を持ってもよさそう。