世界は称賛に値する

日記を書きます

7/2(日) 関係の構築を意識する

日曜日

アンパンマンミニスナックが重要な位置を占めはじめた昨今である(子が食す)。買い逃してしまったため困っていて、開店直後を狙ってスーパーに向かった。日曜日に入荷があるかはだいぶ不安だったのだけど、売っていた。よかった。ついでに惣菜も買って帰り昼食とした。開店直後のはずなのにレジが長蛇の列で辟易した。

週末の通販に混ぜて『小説作法』(小島信夫・中公文庫)を買った。定期的に摂取したくなることばを示すタイプの小説家だ。小説に対し、シンプルな楽しみ(エンタテインメント)だけでなく、そこから離れたところ、関係ないところにも、なにかがある、見逃されている動きがある、と提示してくれるところがよい。味わいを深めるための回路を、素直に始動させてくれる印象だ。

Twitterの凋落が目立ってきた。これより酷いことは起こらないだろうと思われたところでさらに酷いことをしてくる、といった状況なのかな。今回起こされた「更新回数制限」が流石に酷すぎたのか、けっこうな騒ぎになっていた。初めて実害に至ったひとも多かったんだろう。逃げ先の話も見かけた。Mastodon、Misskey、Bluesky、Threadsといったところが候補と思われる。MastodonとBlueskyにはとりあえずアカウントを作成済みだ。そもそもTwitterでもほとんどツイートしていなかったため、ひとのことばが読めること、連絡が取れること、サービスの更新が通知できること、あたりが実現できていればなんでもよいという気持ちはある。Instagramあたりを退避先にするひともいるっぽい。

絶望的な飢饉や感染でも絶滅まではいかないことがあるように、Twitterがこのまま完全消滅するわけでもないのではないかとは思う。Twitter運営者の傍若無人な振る舞いにも振り落とされないひとたちがいて、そのうちに、慣れるか落ち着くかしてしまい、なんだかんだでサービスが生き残る未来も、ぜんぜん想像できる。が、それはそれとして、昨今のTwitter空間はあんまり好きじゃない雰囲気もあったし、傍若無人なTwitter運営のやりかたも好みではないので、このまま衰退してしまっても別によいんじゃないか、と思うところもなくはない。Twitterのみで築かれた縁があるならそれが断絶するのは困るけど、Twitterのみの縁って身のまわりにはあんまりないような気もしているし。錯覚かもしれないが。