押しのけないで
多数派が少数派を上から目線で(むしろその傲慢さに気づくこともなく)さも当然かのように押しのけている光景は見たくない。だいぶ嫌いな光景である。
だから、たとえば一般論や社会通念で、「だいたい、これはこうなる」って言われているようなものがあったとしても、ときどきの例外があるなら、言い切らないでほしい、とは思っている。可能性を押しつぶさないでほしい。切り捨てないでほしい。
深い見識に裏打ちされた、芯を喰った冴えた分析が、たとえあったとしても、こうなったらこうなるでしょう、こういうときはこう思うでしょう、なんて決めつけられるのは、困る。かならずしもそうじゃないひとだってきっといる。少なくとも論理的にはいる。論理的な存在をむげにされるのが好きじゃないんだよな、って思った。
言葉尻の問題
いちいち少数派を気にしていられない、というのも、わからなくはない。紙面も時間も限られている。ただ、基本、ささいな言葉遣いの問題なんだけどな、とも感じる。主語が大きいとか断言口調とか、使いかた次第で、かなり空気が変わる。「ひとがこう思うのはこういうときです」「こういうときはこうするものです」「これをすればこうなるはずです」とか、好きじゃない。
議題とも解説とも関係ないところで、こういう「多数派」感で、読めない本が(聞けない話が)たまにある。発言者の空気感などを知っていて、その文脈的に、断言しちゃうけどこのひとそれが絶対だと思ってるわけじゃないんだよな~、ってわかっていることもあって、一場面だけ見れば、素直に聞けていることもある。それも区別をわかりづらくしちゃうよな、とは思った。