体当たり(昨日の日記のちょっと続き)
「同じところをぐるぐる回っている」と感じられたとしても、落としどころになってくれるであろう言葉を(ある意味で、ゴールまたは逃げ道になってくれる言葉を)、体当たりで探し続けている、といえば、聞こえは悪くない。辺り構わずいろいろな言い回しを引っかき回しては引用してくるみたいになってはいるんだろうけれど、しかし、試行や実験を繰り返しながら、しっくりくる「自分に似合うことば」を探しているのは、まあ間違いない。ときどき、早合点して「答えが見つかりました~」みたいに書いてしまってスイマセン、使っているうちにやっぱり違和感が強くなってきて、また探し始める羽目になってるだけなんです、とは思いつつ。
SNS運用
普通のことを言っていく
タイムライン型SNS運用のコツ(フォロワー獲得や告知・宣伝といった目的における、効果的だった手法の手ほどき)を聞いていて、なるほどね~、と思う機会があったので、ためになったところを書き残しておく。こういう、学びを知識化するための整理整頓・体系化が最も大事なのでは、と感じるところはある。難しいし、時間はかかるし、奥が深くて、まあサボりがちだが。
当然のことをリピートする
みんなの知らないであろう斬新で意外なことを言うのが大事なのではなく、みんながもう知っているであろうことを、繰り返し(事実的・告知的な情報であれば、なおさら、それを繰り返し)、シンプルに言い続けていれば、それでよい、というところから始まる説明だった。
ぜんぜん知らない話(距離を感じる話)よりは、身近な話のほうが、みんな(知っている話でも)聞いてくれる。このひとがこんなこと言うんだ的な意外なことばより、このひとならたしかにこういうこと言うよね、と思う「発言者の文脈から逸脱していないことば」のほうが聞いてもらえる。わざわざ斬新な見解を見つけて騒ぎ立てる必要はない。賢そうに振る舞う必要もない。当たり前っぽいことを、飽きられそうに思えても、言い続ける。それでよい。というか、それがよい。むしろ、馴染むまで言い続ける。
そもそも、「常識じゃん」と思っていることだって、ほかのひとが見たら、ほんとうにそれが常識とは限らない。わざわざ当たり前のことを口にすることにだって意味はある。
みたいな、「各自のふつうのことをもっと言っていきましょうよ」「というか、そっちのほうがむしろ世のため人のためだよ」みたいな言説を聞かされて、うーん、なるほど、とは思ったのだった。
急に出てくる言葉も待っている
ぼくとしては、ぼく自身が「ぼくから出てくるぼくにとっても意外なことば」で遊んでいるところもあるため、受け容れやすいところも受け容れがたいところもあったのだけど、とりあえず、考えたことのない観点ではあって、物珍しくはあったし、納得するところもあった。楽しそうな手ざわりだとは思った。