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日記を書きます

2026年04月24日(金)スタートをミスった地図はめんどくさい

書き始めのミス

たとえば説明のため、ぱぱぱと誰かに地図を書いてみせるとき、書き始めの時点でちょっとピントのズレたものを描いてしまったら、軌道修正していくのはだいぶめんどくさい。どの建物を起点にするか、どの物体を目印にしていくか、大通り・迂回路・川・のぼりくだりをどんなふうに捉えるか、縮尺をどれくらいにするか、ミスる要素はたくさんあって、それぞれ、気遣いも違えば、直し方だって違う。スタート・ゴールや全体像を想定せず、無計画に、目先のところから書き始めると、とうぜん、そうなりやすい。

こういうような状況が、文章を書いていくときにもたくさんあるなとは思う。深く考えずに書き始めると、のちのち、帳尻合わせがたいへんになっていく。細かい調整をくりかえしてそれなりのところに収めるくらいなら、ぜんぶご破算にして、最初っから書きなおしたほうがよいことも多い。一度書き切っているなら、全体的な意味の流れが頭に入っているぶん、整った構成に仕立て直すことができて、書きなおしたほうが明らかによくなることも少なくない。

とはいえ、行きつ戻りつする軌跡、紆余曲折や右往左往が、生々しさ・細部、リアリティにつながってくれて、理解の助けになり、共感を呼んで、気持ちよい歯ごたえや手ごたえにつながってくれることも少なくないので、迷う。書きなおすかはだいたい迷う。どっちがよくなるのかなんて見通せたことはない。今後も事前に予測できることはなさそうな気もするので、ずっと迷うことにはなりそう。そんなの迷ってるの時間の無駄じゃないの?感も多少はあるので、うまく方針を立てられるならそうしたいかなとは思う。