世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年8月10日(日)攻撃されても当然みたいな認識もゼロじゃない

攻撃される選択肢

「できないことは情けないことだ」「いまの自分はここができていないため、情けない」とか感じてしまうこと自体が、そもそも自分の中にある"見下し"の揺り戻しなのだ、っていう見解は、一理ある。弱そう、脆そう、使えない、みたいなものを、下に見て、ときには距離を置き、排しさえしようとする目線が、自分の中にもやっぱりなくはない。

だから、その攻撃の射程内に自分まで入ってきて、喰らうことがありうる。想像する世界の選択肢に入ってくる。

そういうことを言ってくるであろう可能性を考慮してしまう。そういうことを言う人がいるはずだと想定してしまう。そういう意見にも妥当な面があるのだと考えてしまう。そういう雰囲気を出されてもしかたないと諦めてしまう。結果として、そういったふうに思われることを、無意識に、一定、肯定してしまっているんだな、と考えた。