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日記を書きます

2024年07月08日(月)下ごしらえがうまくできない(サボる)

思考の下ごしらえ

集める・選ぶ・比べる・ポイントを見極める、といった「下ごしらえ」的な準備をめんどうくさがって、目の前にあらわれたものばかりを、とにかくこなしていくだけの作業マシーンになっていることが、やっぱりある。手を動かした!という「やった感」だけで満足してしまっていることも少なくない。今日の仕事中にもそういう振る舞いがあったと思う。がむしゃらにやっていればよいのだと勝手に判断して、作業効率を落としていた。なにを作ったらよいか考えて決めたり、指針や規範を定めたり、必要な素材を選んだり、不味いところを取り払ったり、切る⇒炒める⇒煮こむといった順番を定めたり、やらないことを決めたり、調味料で味を調えたり、そういった、手間から、逃げていた。あいかわらずサボっているなと自覚した。

お試し・お遊び

不安感や不快感をまぎらわそうとして、手を動かすことに没頭している場面があるんだとは思う。別に望ましい状態ではないな。ともあれ、「手を動かす前にまず頭を使おう」という指針の重要性は、理解し、意識するようになってきた。

ポイントから仮説を立て、目的を定めて、それに沿う形で取捨選択をおこなうことで、無駄な比較検討の時間を削ることができる、というのは間違いない。が、習慣化はできていないし、下手だ。結局あたふたすることが多くてあんまり効率化もできていない。という状態だからと、後回しにしているところもあるが、それも悪手なのだろう。なかば強制的に、意識して、試してみる時間を作るしかないな~、と考えていた。

「お試し」行動を業務の内側にもっともっと持ちこんだほうがよい、とは思っている。「お遊び」みたく思われそうだと感じて避けてしまっているのだけど、気にしすぎず、実験的なことも取りこんでいかないと、拡がっていってくれない印象だ。「ちゃんとやっているっぽいことだけ(わかりやすいことだけ)やっとけ」という空気圧には押し切られないようにしておきたい。ほんとうにそんな空気が存在しているのかは、ややあやしいけれど。