世界は称賛に値する

日記を書きます

星の記憶

▼最後はスタンダードなとこに戻ってくるもんだろ、なんて、誰かが言っていたのを軽く憶えている。が、文脈までは憶えていない。はっきりしなくなってしまった。酔っていたからだろう。わりと酔っていたんだと思う。睡魔にいつしか負けて眠ってしまう程度には酔っていたようだ、なんて言える。単なる浅薄な奇抜を求めてスタンダードを避けようとしているだけなのでは、という不安は以前からずっとあって、だから、最後は「普通が大切」なのさ、という言葉に呼応してしまったんだとは思う。確かにそうかもなー、と結構強く思った。素晴らしさを求めて、改革や革新を求めて、新鮮や斬新を求めて、凡調を捨てようとするのは、ま、やはりアリだとも思うけど、注意も必要なんだろう、と思った。
▼数名で軽く飲んでいて、連絡してから友人の家になだれこんで、また飲みながら、また話しながら、結局、最後には眠ってしまった。のだった。最後はまあ結局スタンダードなところに戻ってくるもんだ、という台詞を、聞きながら、格言というか「ビジネス時の戒め」として捉えていたりもしたわけだけど、発言者の視線は違うところを向いていた。ような記憶がぼんやりある。簡単に言うなら、人間関係だとか恋人関係だとか同棲関係だとかの、対人関係における「まずは普通のことができてないと駄目じゃね?」みたいな話であった。はずだと思う。記憶はやっぱり格別に曖昧ではあるけれど、たぶんそうだ。
▼で、深夜、話しながら歩いていて、思った。やいのやいの言ってすまん、って思った。
▼別に、正しい関係なんてないのだ。わかりやすい正解なんてないし、だから、適切で的確な助言とかもない。ありうるかもだけどありうるだけだ。証拠がありえないだろう。だから、軽々しく言えるわけない、って話である。あくまで、個人的経験から、帰納的知識から、こうしたほうがいいんじゃん? なんて思えてはいるけれど、所詮はすべて過去の話なわけで、将来未来これからどうするかは改めて判断しないといけないわけで、巧くやりくりする算段だってこれからのものだろうし、なんだかなあ、と思ったのだった。
▼夜空の記憶は残っていない。星の記憶がまったくない。なんてだけ、話すのが楽しくておもしろかったことはたぶん間違いなくて、まあ、嬉しくはあった。ひさしぶりに話せてほんと良かったなあ、と今はっきり思えている。頑張ってくれ、と、偉そうながら呟いてはおこう。心からの笑顔も心からの心配も、頑張って、と告げることの免罪符には決してなるまい――しては駄目だろう、なんて、強く思っていたりもするのだけれど、君が笑いながら言ってくれたありがとうだけは――だけが、わずかな許可を、かすかな赦免を、垣間見せてのくれるかもなー、って期待していたりもするのだった。無論、期待と希望の話であって、つまりは夢の話ではあるけれど……。夢以上にするのはちょっと違うからね。