世界は称賛に値する

日記を書きます

歌詞での主語と断言と

▼▼歌詞を素直に見ていると、おおきめの主語を使ったうえで、しかも、断言的に語ってしまっている、ことが、けっこう多い印象があるのだけど、なんとなく許されている(見逃されている)ところが(ほかの言説と比較すると)ある気があって(っていうか「言説」ではないからでは……)、歌詞だと(──詩だと?)主語おおきめかつ断言でも、わりと許される、っていうところがあるのかなあ? って思ったあと、いや単に「歌詞だとおおきめの主語が使われていてもなんとなくちいさく(個人的な言説として)聞こえる──解釈されがちな雰囲気になる、もしくは、歌詞だと断言的な言葉使いが使われていても(リズムや響きや間、音楽性によって)断言だとは思い切れないニュアンスで解釈されがちな雰囲気になる、っていう情景があるんじゃないかなー、って、思い直した。▼▼歌詞に限らず芸術性ってそういうところあるのでは、という気もする。▼▼ポリティカル・コレクトネスの影響下の歌詞みたいなことを考えていた。