世界は称賛に値する

日記を書きます

2026年01月13日(火)単純に褒めてほしい日もある

メタでもいいから書く

客観的というか遠巻きというか、メタ視点スタンスの言葉をわざわざ用いることで、書きやすくなる話題もあるな。そうすることで書きやすくなるなら人様からの評価なんか気にせずそうしとけばよいじゃんとも思った。推奨されるスタンスとか忌避される作法とか、もちろんあるけれど(なんでもかんでもメタな視点で話すのはそれはそれでつまらないとか、まあたしかになくはない)、でも、それで手が止まるくらいなら、とりあえずやってみたらよい。

気恥ずかしくなるような赤裸々な話を書こうとして、手が止まる。でも、それを、メタ視点で見た形にすれば、なんとか描き出せるな、とは思った。衝動的なものや直観的なものじゃなく、あくまで、冷静に俯瞰し、観察したうえで、描き出しているだけですよ~、というふうに名目は立つからだ。そして、そのために、「メタ的に書くのもたまにはいいじゃないですか」という、一段落目を用意する形にもなった。ま、よいけどね。めんどいね。

褒められたい話

なんというか、めちゃくちゃ褒められたいなあ、と思ったしだいだ。妄想とか現実逃避も混じるし、お世辞だなんだという問題も起こると思うけど、それで救われる面が、一定はたぶんある。その気持ちをはっきり書くのは恥ずかしい、とも思ったが、だからって否定に走るのもぜったいよくはない。そういった欲求もきっと大事だ。そういう欲望から目を逸らさず自分で認めてあげられることもおそらく大事だ。褒められたいなら、ひとのことももっと褒めないとダメだよな~、ということもあわせて考える。こちら側がめっちゃ褒めたんだから代わりにそちら側からも褒めてくださいよとか、そんな小狡いことを狙いたいわけじゃなく、褒めてほしいと口にすることで褒めてもらえるという状況を期待したい話でもないのだが、それはそれとして、褒められたり、人のことを褒めたりするのは、よいことだ、っていうことの再認識は、しておきたい。なんかこう、自分の中の「そんなレベルじゃまだまだ褒めるに値しないね」みたいな勝手なハードルも、あらためて見つめ直すと、どういう基準なん?って気もしてくるし。雑だし、身勝手だし、どうもあてにならん基準だ。人が人を評価するあれこれ、やっぱ、根本的にはあてにならんよね?って気はした。