世界は称賛に値する

日記を書きます

柳を掴みたがる12月19日月曜日

ulog

ulogのことはときどき思い出す。2011年頃にあったブログサービスだ。気づいたときにはサービス終了していた。今だと同名のULOGというブログサービスがあるようだけれど、別物のようである。設計思想がちょっと独特だった。独特すぎて当時新鋭だったスマホでは閲覧しづらかった記憶もある。fromdusktildawnさんやmedtoolzさんといった人気執筆者が、新ブログをここで立ち上げていて、ホッテントリ経由で見かけることが多かった。極めて楽しい文章を書くふたりであったので、ulogの消滅とともに読めなくなった文章があるのは、たいへん悲しい。とはいえ多少はWebArchiveなどで読むことができる。

fromdusktildawn

medtoolzの本館

消える

更新終了を迎えて引退する/飽きて書かなくなっていつの間にか消える/日常生活上または人間関係的なトラブルが起こって消える/ブログサービスの終了によってそのまま消える。さまざまなブログがこういった流れで消えていった。そして素敵な文章群が読めなくなった(極めて好きだったものはローカル保存してあったりもするけど)。家族に迷惑がかかりかねないとかの「おおっぴらに書きすぎた」パターンの引退理由は、まあしょうがないかあと思うほうだ。それと比べると、小っ恥ずかしいことを書いていたのでやめますパターンはやや共感が薄めかなー。黒歴史だー嫌だーみたいな精神性ってあんまり感じないほうだ。読み返して恥ずかしいと思うことがないわけではないが、嫌になるほどは読み返さないし(目を逸らしているだけでは?)。

恥ずかしい

精神の挙動を精査してみたけれど、過去に書いた自分の文章を読み返したときの「恥ずかしさ」、自分の場合は、論理性や整合性のまわりに感じてしまうことが多い。根拠が曖昧なまま断言してしまっていたら恥ずかしい。理由の整理に失敗していたら恥ずかしい。論理のつながりがぜんぜん説明できていなかったら恥ずかしい。青臭さあたりは恥ずかしさの発動条件ではあんまりなってないなと思った(相も変わらずずっと青臭いままなだけ、というのは当然ありうる)(ただまあ、青臭い、という言葉選びがそもそもよくないよなー。悪印象の風味あるし。同じ性質を保ったままもっと好印象持たせられる単語もあってよいはず)。まあなんにせよ、ブログサービス終了に引き摺られて素敵な文章が読めなくなるのって、つらい。そしてブログに限らずサービス終了は怖ろしい。いまだにジオシティーズやニフティのホームページ終了の余波を喰らう場面もあったりするし……。