あたらしい戦略の教科書(酒井穣)

あたらしい戦略の教科書

あたらしい戦略の教科書

▼数日前に『あたらしい戦略の教科書』を読み終えた。だいぶおもしろかったし、参考になったし、認識も変えてくれた。獲得したものは非常におおきかったと思っている。のだけど、ぼんやりとした物足りなさもかすかに残っていて、何だろうなあ、と読後しばらく考えていたのだった。巧い表現が思いつかなかったからだ。言語化できないせいで綺麗に掌握できなくて、活かすにはどうしようか、というところの手前で、何故か妙に逡巡してしまっていたからだ。結果として無駄になりかけていた。なんてところで、不意に思いついたことがあったのだった。▼結局「つくりかた」を解説したものではなかったのかもなあ、というのが、ぽんと思いついたことだった。前提とする挙動や動作を描いたものではなく、素材や調味料や料理を説明したものだった、なんて言ってもいいと思う。まったく触れていなかった、というわけでは無論ない。描かれているところもあった。が、比率としては少なかった。少なかったんじゃないかと感じている。材料の良し悪し、調味料の基準、理想的な料理の最終形、は語られていたけれど、いかに動けば新鮮で有効な材料が集まり、いかに動けば調味料を巧く選択できるようになり、いかに動けば理想的な料理に繋げることができるのか、という情報が、比較的少なかった、と思うのだ。▼駄目出しのつもりはない。おもしろかったし的確だったとは迷いなく言える。楽しめた。あえて弱みを語ってみせることで強みを活かしたく思ったのだ、というのが試みの狙いに近い。素敵なところと駄目なところをあえて見せつけ説明してくれている分、概念の整理なんかは勝手に行われていて、確かに過程は弱くなる傾向があるけれど、視野を広く長く取るなら、整理された素地は、地味に豊かな伸びに繋がってゆくはず、とかは言えると思う。無論「活かせば」だけど……、というのは常にあるにせよ、あとは読み手の問題のはずだ。