世界は称賛に値する

日記を書きます

土曜日の始まり

▼▼思考面に関しては、粗くて温くて手前勝手な理屈で納得してしまって油断ばっかりなところを背後から「隙だらけだ」って斬られたい、みたいな欲があるかな。油断や隙を攻撃されるのが好きだ。補強できる、とか言える思想や予感や自信があるのだろう。という思考すら油断だらけかもねえ。なんて自分に攻撃されるのも好きだ。
▼▼起床時刻は午前6時。勤務開始は午前9時。早朝出勤でスケジューリングするかな。

備忘録ニュース。憶えておきたくておすすめも兼ねて残しておければ嬉しく思います。

→ 「冷蔵庫のドアを開けたときにいつも明かりが点いてるからといって、それは常についていると考えていい訳ではない。ただ、だからといって「消えている」ことも導き出せはしませんが、意識の場合には、普段は「ない」と考えた方が適切、という状況証拠が揃いつつある感じ、だと思います。(そもそも、それは多くの生物について「ない」と考えられているものなのですし)」

→ 「このようにして、空気というものは、世界と自分に関する複雑な関数であり、解は非常に言語化しづらい。あえてそれをするのならば「やさしい」や「悲しい」などの、感情と似通ったような言葉を使うしかない。しかし、いったいどうした理路を通過するのかはわからないが、ときには明確に言語と対応している空気というものがある」

→ 「ヒー恐ろしい!と思いつつも、人に対して意見を明確に言うということはすごいわ!でもってその意見の正しさを自分で考えた上で指摘すると言うのはすごいわ!と当時私は思ったのでした」

→ 「ですからその抽象化とカテゴライズは無限の(少なくとも極めて多くの)軸によって行われなければならないし、どの軸を取るかは自由にカスタマイズできなければならない。そしてもうひとつ、ある小さなひとつの声が全体に与える影響を可視化するようなシステムも必要です」

→ 「「論理的におかしい」なんて曖昧な言い方じゃなくて「演繹でとち狂ってる」とか「帰納がまずい」とか「仮説形成がナンセンス」とか言えばよろしいのにとも思ったが、あえて大衆に配慮してレベルを落とした結果の表記が「論理的におかしい」な可能性もあるのだよな」