法律を知って宗旨替え

▼▼法律を知ったことで、子供の頃の思惑からは宗旨替えされることが、当然あって、しかも、法律というものを「局所最適や全体最適の噛み合わせを頑張ったもの」と認識し始めたりすると、まあなるたけ従いましょうかー、というような気持ちが出てきたりもするし、なので、宗旨替えを後押ししてくれたりもするわけで、宗旨替えは避けられないものであって、宗旨替えを駄目だとか思ったりすることはないのかなあ、っていうのを思ったのと、初心な頃に思ったそれと、世間擦れしたあとに思ったそれの、どちらがほんとうのじぶんなのか、的な問いは、してしまうことがある気がするし、したくなることもある気がするし、とはいえ、成立しないだろ、って言える気もするけれど、まあでも、いつだって「ほんとう」に向かうプロセスの一フェイズに過ぎないのだ(常に「ほんとうの瞬間」というものはなく、ただそこに向かっているだけ)、というふうに思っておくのがよいのかな、ということも、改めて思った(「ほんとうの~」って言葉に絡むと、たいてい出てくる思考だ)。
▼▼著作権にまつわる法律や、税制や企業関連の法律を、子供の頃から理解し、これらに沿うような形で、世界や社会はこうなってればいいのにねー、と言えている状況は、なかなか厳しいかと思われるので、知るにつれ意見が変わり、時に矛盾するとしても、まあしょうがないとは思うし、でもって、まあ、ここでは「子供」という表現をしたわけだけれど、実際は、青年であろうと壮年であろうと、「法律を知る」的な事柄が起き、意識や意見が変わることは、まああるだろ、って思えるので、そのあたりの「変わる状況」「変わる可能性」のことを、前提化しておかねばな、と、今回、改めて思ったのであった。