膨大情報を飽和しないよう視覚調整して、書くネタがないと愚痴る

▼▼世界や社会や人類や人生や日々の中には、無数の事柄があり、でもって、事柄ごとに様々な切り口や側面を持っていたりもして、だから「日記に書きうること」なんて、実際はいくらでもあるはずなのだけど、にもかかわらず、書くことがないよう、なんてふうに思っていることがあったりする。無数さ膨大さから目を逸らしている瞬間が多々ある。至極真面目に「様々な事柄があって、様々な切り口と側面を持っており、つまり、目の前には、いつだって無数かつ膨大なものが転がっているのだ……! まるで見通せないほどおおきなものにどうしたって囲まれ続けているのだ……!」ということに向き合うと、怖くなってきたりもする。
▼▼といった恐怖や畏怖を軽減したり誤魔化したりするために、書くことがないよう、とか言ってしまっているところがありそう、と思った。言えるような視野や視角に調整しつつ、愚痴って安心している。▼▼書くことがないよう、とかいう台詞を口にしている時のほうが、膨大な事柄と無数の側面に囲まれているのだ、ということを睥睨しているような時よりも、まだ、気持ちが安定している気がする、と思ったのであった。膨大さ無数さの果てにある「手に負えなさ」を、普段はあんまり見たがってないなあ(時々眺めて、たじろいだりおののいたりしているのも、まあ楽しかったりはするけれど)、って思った。