ティッシュを配って知ってもらう

 考えていたのは、街頭のティッシュ配り、についてだった。経営する立場から眺めるようになるまで、あんな地味な販促に意味なんてあんのかな、という気配を感じていたように思う。たいした効果なんて望めないのではないか、というような想像を抱えてしまっていたのだ。浅はかだったな、と思う。どれほどの効果があるのか、をきちんと考えていなかっただけだ、と今は理解しているからだ。地味だ、ということだけを根拠に、あんなの無駄だ、と考えていた愚かさに、後悔を覚えていたりもするのだ。明らかに正確な認識ではなかった、ということが、今ならわかるからだ。つまり、今の私は、地味なティッシュ配りにも結構な効果がある、ということに気づくことができた、わけだ。ティッシュ配りにも効果があるのだな、ということに気づいたきっかけは、自分の思考を改めて観察してみたからだった。思考を見直してみたら、地味なティッシュ配りだけど実際わりと影響受けてるなあ、ということに気づいてしまったのだ。正確に表現するなら、ティッシュをいつも配布している場所の近くに、配布主である店舗が存在していることを、私は意外なほどきちんと把握してるじゃないか、ということに気づいたのである。たとえば私は『美容院の割引券系ティッシュ』を貰うことが多い。その私が、美容院、というものを想像しようとすると、確かにその店舗のことが脳内に思い浮かぶのだ。知られている、ということには物凄く価値がある。ということは、経営側にまわって知った。だから、ああいう地味な告知活動を侮ってはならないな、と思ったのだった。最近の私は『地味な告知活動』を行っている。楽しい。地道に効果がある、ということを知ったからだろうな、と思う。