世界は称賛に値する

日記を書きます

非「繰り返しの日々」

▼▼派手で華麗で過激な「違い」を日々に求めすぎてるなー、と気づいた。際立っていて目立つ違いにしか目が行かなくなっていて、同じような日々を──類似品のような日々を続けてしまってるぞ、なんて思うのを、許しちゃってる。同じ日でも繊細で些細で地味な違いは確実にあって、丁寧に見聞/検分するのは楽しかったはずなのに……!なんていう駄目出しである。細やか視線をないがしろにしすぎで、サボりすぎだ。
▼▼日記的老眼って言えるかなー。言えないかな……。なんにせよ避けたい要素だ。日常的日々を細かく見つめうる性能は高く維持しておきたいなあと思ってるのだった。