経験の積み重ねが言葉を強化していく

 ここまで生きてきて、私は、犬と呼ばれるもの、との邂逅を複数回経験してきた。つまり、これが犬なのだなと認識する経験、を積み重ねてきた。そして私は積み重ねた経験から、帰納的に、犬、という言葉の使いどころを理解してきた。何を犬と呼ぶのか。そして逆に、犬と呼ばれるものは何なのか。ということを学んできたのだ。あるいは、どういう状況に置かれたときに『犬』という言葉を思い浮かべればいいのか、ということを学んできた、と言ってもいい。実際の犬との出会いによって『犬』という言葉の定義をはっきりさせてきた、とか、実際の犬との出会いから学んだものを『犬』という言葉に練りこんでいくことでで『犬』という言葉が持つ意味を精緻かつ重厚なものに変えてきた、なんて表現してもいいかもしれない。その『経験によって強化されてきたもの』を、概念、として捉えるのならば、イデア論、に近いものになるんじゃないか、と思ったし、言語の利用規則、として捉えるのならば、言語ゲーム論に近いものになるんじゃないか、と考えてみたわけだ。利用規則として捉えるほうが心地良さを感じるかな、とは考えている。