世界は称賛に値する

日記を書きます

書物は他人の思考

 読書とは『他人の思考を読む行為』だ、と私は定義している。それは同時に、書物には他人の思考が描かれている、ということも定義する。自分の思考と他人の思考ははっきりと別物で、同列に扱うことなどできない。他人の思考は他人自身から聞かなければその存在を認知できないからだ。自分の思考とはそこが決定的に違う。ここまで考えてきた結果私は、賢さを得るためには他人の思考を知って視野を広げたほうが良いようだ、と判断したわけだけど、それを踏まえて言えば、そのためには『他人から思考を聞き出さなければならない』わけだ。ただしそれは読書でもいい、と続く。定義により、読書とは『他人の思考を読む行為』だからだ。そして、読書のほうが効率的だ、ということも思う。