文章の距離感やスピード感と印象強さ

▼▼小説の文章。▼▼三行程度で数百年を進めることもできれば、一〇頁かけて三十秒進めることもできる。といった時の、カメラの遠近感や出来事のスピード感、描写の省略しかたや緻密さ、などにより、印象と記憶に残りやすいシーンかどうか、っていうことが変わっていたりするのではないか、って考えていた。


▼▼けどまあ、頭の中に残るかどうかについては、対象となるシーンが「衝撃的なものであったかどうか」に結局は依拠してしまうわけだから、かならずしも、描写カメラの距離が近いから、とか、時間や歴史を進めるスピードが速いから、というようなことで「印象強さ」が決まってしまうわけではないかもなあ、とも思った。▼▼距離を遠くしておおまかに語ったことによって衝撃をあたえていたシーンもあれば、スピードを遅めにし緻密に語ったことで衝撃をあたえられていたシーンもあるだろう。ありうる。


▼▼進行スピードを速めたり遅めたり、描写カメラを近づけたり遠ざけたり、文章の精度や彩度を細かくしたり粗くしたり、する時の、振れ幅のおおきさや速さ、つまり、ダイナミックさ、によって、印象強さを変動させる技術もありそうだし……。