大切なのはこちら? 重要なのはどちら?

▼行為Aを行なうと行為Bができなくなる、としよう。行為Aと行為Bは「同時には」行なえない。という状況において、行為Aと行為Bを比較して「どちらを重視すべきか」が問われることがある。で、実際問題として、どちらも重要だったりする。おかげで、意見が分かれる。説明が複数現れる。行為Aを大切にしないと駄目だろう――行為Bにはこんな欠点があるからだ。行為Bが重要だと思われる――行為Aだけではここが弱点になるからだ。ごもっともだ、とうなずかされてしまうことは、多い。納得させられてしまう。前者の意見も確かにわかる。後者の意見も尤もだと思う。だって、前者の語る状況に陥ったのならば、前者の言うことはものすごく正しいんじゃないかと思えるし、後者の語る状況に陥ったのならば、後者の言うことはものすごく正しいだろうと思えるからだ。でも、と思う。でも、通常、この世界は「前者の言う状況」だけではないし、無論、世界は「後者の言う状況」だけでもない。だから、行為Aが大切なことも、行為Bが重要なことも、ありうる。状況による。場合による。つまり、行為Aだけを称揚していても、行為Bだけを推奨していても、駄目なのだと思う。ポジティブシンキングとネガティブシンキング、とか、褒めて伸ばすか叩いて伸ばすか、とか、我を通すか気を遣うか、みたいな二者択一型問題を「どちらが大切か」みたいな形で考えてしまうことが多いのだけど、最近は、わりと無理矢理「いやどっちもだろ……」と考えるようにしてみた。