レヴィナス 何のために生きるのか(小泉義之)P.81

レヴィナス―何のために生きるのか (シリーズ・哲学のエッセンス)

レヴィナス―何のために生きるのか (シリーズ・哲学のエッセンス)

《85点》

 この事態を、人間の立場から見返すと、どうであろうか。たしかに、死ぬことが殺されることであるなら、死ぬことには殺人者にとっては意味と目的がある。しかし、人間は、雲とは違って、その意味と目的を、おのれの死に内在する意味と目的として受け入れることは難しいだろう。なぜか。何らかの超越的で外在的な目的ゆえに、死ぬために生まれてきたと思えないのは、なぜだろうか。ここで、「敵すなわち神」というレヴィナスの神学的な措辞が効いてくる。殺人者たる神には、絶対的力能がある。だから、殺人者たる神は、死を贈与するだけでなく生を贈与することもできるはずである。しかし、絶対的力能があるはずの神は、人間を生成するもの、人間を生むものではないのだ。人間を生むのは、あくまで人間である。絶対的力能がある神は、人間を無から創造したからには、その絶対的力能からして、雲を生成するような仕方で、人間を生むこともできるはずである。ところが、この神は、最初の二人の人間とイエス・キリストは別にして、そうしてはいない。この神は、人間を生成する力能、人間を生む力能、生殖する力能を、人間に贈与しているのである。