嫌われた性質が『弱さ』になっていくのではないか

 弱い奴に迷惑をかけられた経験は誰にでもあるはずだ。というところから、自分に迷惑をかけた人間が持つ傾向を『弱さ』と呼んでいるのではないだろうか、とふと考えた。たとえば人間Aと人間Bに迷惑をかけられた経験があって、人間Aと人間Bに迷惑の原因となったであろう共通の性質があったとしよう。その性質を、迷惑をかけられた人間は、次から忌避するようになるだろう。その性質を持っていたら駄目だ、なんて考えるようにもなるだろう。学習によってある性質が否定的な目で見られるようになる。そういった性質がもしかしたら『弱さ』と呼ばれているのかもしれないな、なんて考えてみたわけだ。私は、弱さが嫌いだ、とよく考えている。けれど、その根拠はよくわからない、と考えることも多い。のだけど、その『よくわからない根拠』の内実は、結局のところ、迷惑から学習して許さないようになった、というだけのことなんじゃないのか、と思ったのだった。