制約しないで
ひとさまの文章を読ませてもらったときに、ヘンな制約がそのひと自身を縛っている空気が感じられると(そのひとが勝手に作りあげたルールがそのひと自信の自由を奪っていることが感じられると)、萎えるというか、ときにはいらだちさえするというか、うーーーーーん、ってなる。文章は自由であってほしい、そして、文章は自由であったほうが楽しい、といった美意識というか経験則が、ぼくのほうにはあって、その影響下にあるがゆえの感覚なのは間違いない。「わざわざ話をつまんなくしている」「わざわざ自分を傷つけている」みたいに解したがってしまうところがある、というか。
逆に、気づかぬうちにじぶんを規定している「枠」や「枷」をなんとか壊してみせようとしている文章を読むと、ボルテージは上がる。暴力、破滅、自暴自棄みたいな破壊性の話ではなくて、謎の視野狭窄や教えこまれた恭順、盲信的なものを、なんとか、自分の手で打ち壊し、新たな自由を獲得しようとする態度、みたいなものがシンプルに好きなんだと思う。または、いまあるものの向こう側に、よりよいおたからが(きらめく世界が)眠っているんじゃないか、と期待する気持ち、そういった夢の見かたが、好きなんだと思う。