書きと話しの距離感
書き言葉と話し言葉の距離感は、ひとによって、どれくらい違うんだろうか。どのくらい近かったり遠かったりするんだろうか。
ぼくがこうして書いた文章を、たとえ誰かに読んでもらったとしても、その空間の内側じゃ、ぼくがふだん口から発している語彙・文体・テンポなどは絶対に伝わらない(断絶しているのだ)と、ふと気づいて、驚いた。当たり前な話なのだけど、これまで目を向けられていなかった着眼点だったもようだ。
こういう「当たり前すぎるっぽいところに、あるとき、ようやく目が向いて、妙なところで驚かされた」経験を、文章で描き出すのは、難しい。とはいえ、その衝撃をひとにシミュレートいただく絶妙な手管にこそ、文章の真骨頂があるのだ、みたいな印象もなくはない。
書き言葉メインで接しているひとの、話し言葉の側面にある語彙・文体・テンポなどを、聞いてみたい、という欲もあるといえるかな。ときにはそのひとが持つ別の出力装置にも触れてみたくなる。かならずしも音声で聴きたいわけでもなく、口語だと基本的にはラフな言葉選びになりそうだけど、そうしてほしいわけでもない。文章をあつかう手さばきがどう変わるか、そこにある「差」や「動き」を見てみたい。