世界は称賛に値する

日記を書きます

ぎりぎりの文章

 複雑かつ柔軟な定義を持つ前提をばしばし乱立させていて、しかもそれを、現段階の私の能力では追いきれない速度と辿り着けない行路で疾走させたりもしていて、最終的な結論はうまく把握しきれない――のだけど、きちんとした論理があることはわかる、なんて文章もある。ぎりぎりの文章、だ。ぎりぎりの文章が放つ『だから』には、すごく憧れるし、とてもどきどきさせられる。前提に手を抜いている文章とは違うよなあ、と思う。