類似品比喩をまじまじ見比べる視力トレーニング

▼▼ぱっと見、現象としては近似しているので、比喩として扱った時に「同系統の比喩として使ってしまっている」ことがあるけれど、実際の物理現象としては、中身がかなり違う、挙動がだいぶ違う、ぜんぜん違う反応である、ということがあって、このあたり、細部の、繊細な、違いを、じっと見つめることで、眼差しの解像度上がりそうだな、というようなことを思った。
▼▼食物を乾燥させることで体積を減らせることと、圧縮ソフトでデータを小さくできることを、なんとなく類似品として扱っているところがある(こういう現象について、区別なく「比喩として使おうと思えてしまう」ところがある)(実際に、圧縮と言えそうな現象について話そうとして、乾物とデータ圧縮ソフト、いずれの比喩を使おうかな(まあ気分で決めればよいか)と思ってしまったことがある)のだけど、ここを、同一視できる目と、意識的に同一視しないような目を、合わせて持っておけないかなあ、というか、油断すると類似品として見てしまうのだけど、うーん、厳密には違うところがあるわけで、そこを注視し検討できる癖があるとよさそう、なんてふうに思えたのだった。
▼▼猿も木から落ちる、河童の川流れ、弘法も筆の誤り、の三つの似た諺が持つ、些細な違いを、顕微鏡的に見つめて、実はこういう違いがある、観点や意志、効果、などが少し違うのだ、この違いを見つめることでさらにこういうことが言える、といったふうに言及している話を聞いて、凄い、と思ったり、好きだ、と思ったりしたことがあるから、じぶんもそういうものが見える人になりたい、と思っているのだろうなー、とは思った。