『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』を読みました

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

▼▼認知が基本的に持ってしまっている脆弱性が、世を生きるということにおいて、いかに使われているか、いかように混じっているか、ということがおそらくかなり綺麗にまとめられている。大変ためになった。これまでこういった知識を持っていなかったせいで対策が立てられていなかった脆弱性は、「運を実力だと錯覚する」「利用可能性ヒューリスティック」「デフォルト値バイアス」「感情ヒューリスティック」「置き換え」になるかと思う。今回で多少は意識できるようになった。
▼▼これまで完全に無防備だったのは「デフォルト値バイアス」と「置き換え」の二つの認知バイアスだ。難しいぞ、と直観したら、無意識のうちに、デフォルトの答え、現状維持の答え、を選んでしまう癖。難しい問いだぞ、と直観したら「答えられそうな類似の問い」に勝手に置き換えて回答してしまう癖。というようなことに「気づけない」こと。
▼▼「運を実力だと錯覚する」は、無自覚ではなくて、微調整も挟むようにしているのだけど、なんか、直感的には、やっぱり迷う。脊髄反射的にズレを意識し修正し、答えを出してみせる、というような挙動はまだまだ無理。
▼▼「利用可能性ヒューリスティック」の、使いやすい情報だけを使って判断してしまううえに、情報の欠如には「気づけない」こと、「感情ヒューリスティック」の、好きなものはメリットを過大評価しリスクを過小評価するし、嫌いなものは逆をしてしまうし、そのことにに「気づけない」こと。この二つについては、なんというか、知識としてはいちおう理解できていたものの、結局、気づけていないようだよな、と再認識した。自覚が想像以上にない(なんとなくやっていたことありそう、と、思い返してみて思えているくらいである。こういう時にやってしまっている、という事例は不明瞭だ)。

第一に、脳は、過剰に一貫性を求める

これが、ハロー効果、少数の法則、感情ヒューリスティック、運を実力だと錯覚する、一貫して偏ったストーリーを真実だと思いこむ、などの認知バイアスを引き起こす。

第二に、脳は、過剰に原因を求める

これが、ハロー効果、少数の法則、運を実力だと錯覚する、などの認知バイアスを引き起こす。

第三に、脳は、過剰に結論を急ぐ。

これが、ハロー効果、少数の法則、利用可能性ヒューリスティック、感情ヒューリスティック、置き換え、デフォルト値バイアス、などの認知バイアスを引き起こす。