場の防腐

【コミュニティの一生】

面白い人が面白いことをする

面白いから凡人が集まってくる

住み着いた凡人が居場所を守るために主張し始める

面白い人が見切りをつけて居なくなる

残った凡人が面白くないことをする

面白くないので皆居なくなる

▼▼といった場についての「まとめ」を見かけることはあって、確かに、なるほど、とも思っていたりする。
▼▼ということに加えて、今回、思った。


▼▼技術の進歩──システムやツールの改善によって、制作に手間暇がかかっていたことが、非常に手軽にできるようになり、以前までは「核心や肝要と言えるところから、細かく、丁寧に、造り上げられていた」はずのものが、表面や表層をなぞっていくだけのような気軽な行為だけで、造り上げられるようになってしまって、結果、なんとなく出来のよくないものや、ほどほどに品質のよくないものが、増えていく──粗悪の比率が高まっていってしまう、っていうような流れもまた、あるんじゃないかなー、ということも、合わせて思ったのだった。


▼▼とはいえ、裾野が拡がることによって、届く頂上の位置も高まる、といったモデルもあるので、調整が難しそうだな、と思う。
▼▼人類全体での試行回数はおそらく多いほうがよい。しかし、浅はかな物真似人物は多くないほうがよい。というの、両立させられるのかなー、というか、うまく両立させるための切り口はどこかにありそうなのかな、といった疑問を抱いた。


▼▼手軽に作品を作ることができるツール、というものを作りようがない媒体や表現、というものが、場としては非常に素敵になりうるのだ、って言えたりもするんだろうか、というようなことも余談として思った。
▼▼こつこつちまちまやっていくしかない、という面があると、場や場の関係者は、どうしたって、素敵になってしまう、というような効果があったら面白い、という印象だ。人類に対しての素敵効果までありうるならなおさら面白い。