世界は称賛に値する

日記を書きます

赤緑黒白(森博嗣)

赤緑黒白 (講談社文庫)

赤緑黒白 (講談社文庫)

P.258

「僕が目を背けても、誰かが殺すんだよ」
「シビアなこと言うな」
「端や牛や鶏も、毎日大量に殺されて、食べられてるじゃん」
「そういう話、紅子さんとしたことあるね」紫子は空を見上げる。「なんや、命の尊さっていうんは、実体がようわからんもんやもね。そもそも、なんで尊いん?」
「一度消えちゃったら、もう元には戻らないからじゃないかな」
「そんなん、パチンコの玉かて、消えたら戻らんで」
「また、買えば良いじゃん」
「人間かて、また産めばええやん」
「人間の場合は、同じ人が出てこないもん。死んじゃった人が、もう一度生まれてくるわけじゃないでしょう?」
「そういう一回限りいうんが、尊いってこと? それだけ? うーん、なんか、ちょっと違ってる気が……」
「ああいうさ、人を何人も殺してしまう人間って、どうなんだろう? 異常なのかなあ? もし異常なら、どこが異常なんだろう? 肉体的な障害なら、将来はきっと治療できるはずだよ。そうなったら、本当にこの世から人殺しとか、戦争とか消えると思う?」
「ていうか、そういう状態を異常やと、決めただけ、この社会は。そうしんと、えらいことになるから」
「どうなる?」
「そりゃ、力の強いもんが、弱いもんを虐めて、どんどん殺して回るかもしれん」
「そうかな……。そうなったら、力の弱い者は団結して、抵抗するんじゃない? 殺されっぱなしにはなってないよ」
「それがつまり、今の社会の仕組みやん」