人工知能的な作り手の背後に、なにを見てよいか

▼▼人工知能が、従来の創作物から、技法や習慣や勘所をつかんで──作り手と受け手の脳内および胸中の傾向を分析し再現できるようになって、新たなる創作物を作れるようになったあとならば、作為、偶然、自然、というような概念は、特に意識しなくてよくなるか、意識のしかたが変わるかだろう、と思った。枠組みや骨組みが変わるんでないか、とは思える。▼▼って最初は思ったのだけれど、人類は結局、作為、偶然、自然、といった理解の線引きを使おうとしてしまうところがあるんじゃないか、とは思えるし、人工知能側もまたこのことを理解したうえでうまいこと活かした立ち回りを駆動させてくるんじゃないか、とも思える。