改善案としての行動改革と意識改革の選択

▼職務的な打ち合わせを実施した。最近はあまり順調と言える状況ではない。つまり、変革が要る状況だ。業務を昨日と同じように繰り返して持続させていても駄目だろう、とも換言できる。変えないと駄目で――変わらないと駄目だ。とはいえ、行動から改革すべきか意識から改革すべきかっていうのはわりと状況次第だよなー、って判断もあって、だから、状況や事態や現象を正確に見定めて、丁寧に「変革」に繋がる策を打ち立ててゆくしかない。ないのだろうな、と思っている。▼現状判断では、意識からの変革がよいのだろう、って判断できてはいる。認識の上で危険をうまく察知できていない、って印象が強いからだ。が。意識の改革から始めようじゃないか、って思えるような時は、意外と行動に難点があったりして、行動の改革から始めてみようかなー、なんて思えるような時は、比較的意識に難点があったりする。認識って意外と裏腹なんだよな、って思う。まあ勘違いしやすいだけかもだし、あと、避けてしまいやすいだけかな、と思えるところもないではない。改革は重荷だからだ。▼改革は重荷だ。いつだってそうだろう。だから、呼び寄せづらい。だからこそ効果的な策をブレさせることなく進めることができる、というところもあるわけだけど……。でも、なお、時には改革が必要な瞬間があって、だから、しっかと腹を括って、権謀術数をもって、騙し騙しででも、おのれの心理や行為を動かしてゆくしかないのだろうなー、って思う。改革をするならこのあたりからかな、とか判断した自我すら疑いながら――戦術的な背信すら組み込みながら、進めてゆくしかない。