ごく稀に純粋種に憧れる

 思考停止気味の人をあまり好んでいないな、と感じることがある。しかし、思考停止気味の人を単純に『批難できる』とも思っていない。前項で語ったような良さが『単純な思考』を行う人間にはあるのだろう、と考えているからだ。できるだけ世界を素敵なものにしていきたい、ということを私は求めている。目的に据えていたりする。そのためには実際のところどちらのほうがより良い結果を生めるのだろうか、ということを、だいぶ前から考え続けている。つまりは、迷っているのである。明瞭な答えが現状ではまるで打ち出せていない、わけだ。だから安直に批難できないのだな、と思う。思考によって確認しながら世界を良くしようと企む人間がたくさんいるよりも、単純に世界を良くしようぜと考えられる人間がたくさんいたほうが、世界はうまく回転していくのではないか、なんて想像してしまうことがあるからだ。無論、そうではないはずだ、と考えてはいる。否定的に考えているからこそ『思考することを選んでいる』のではある。が、だからといってそこに『明確で確実な根拠』があるわけではないのだ。ないから迷っているのである。一度考え始めてしまったらもう考えることをやめることはできない、というどこかで聞いた言葉を、ほぼ真理なのだろう、と思いながら、まだ迷っていたりするのだ。たまに、思考停止しているくせにちゃんと世界を良くしているように見える人、を見たりすると、なおさら迷いが深まってしまう。もうあそこには行けないのに迷うなよ、なんて思いながら、だ。