虚数の情緒 中学生からの全方位独学法(吉田武)P.8

虚数の情緒―中学生からの全方位独学法

虚数の情緒―中学生からの全方位独学法

 教育に携わる者にとって、最も重要な行為は、「人の心に火を点ける」ことである。一旦、魂に「点火」すれば、後は止めても止まらない。自発的にその面白さの虜となって、途を極めていくだろう。それでは、どうすれば点火するのか、点火装置は何処にあるのか。それは「驚き」の中に在る。
「驚き」を教えることは、何人にも出来ない。人が驚ける能力、これこそ天からの贈物である。この意味に於いて、子供は天才である。驚きを失った大人に点火する方法は無い。火種は尽きているのである。
 ところが、昨今、この掛け替えの無い「驚く能力」を摩滅させる行為が白昼堂々と行われている。徒に知識の量を増やし、何事にも「驚かない子供」を教育の名の下に大量生産している。これは明らかな犯罪行為である。
 知らない者は幸いである。まだ知る機会が、驚く愉しみが遺されている。一度、知ってしまったものは、消し去れない。知ったかぶりの子供は、初生の赤子には戻れない。教育の役割は、人が初めてそれを知る時、最大限の驚きが得られるように充分配慮する事であって、自動車レースのピット作業の如く、一刻を争って燃料補給する事ではない。好奇心に溢れた「百歳の少年」を生み出す事であって、訳知り顔の「十歳の老人」を生み出す事ではない。

 間違いなくこの世界は驚きに満ちているよな、と思う。まだまだ知らないことが物凄くたくさんあって、その『未知の素晴らしいもの』に出会っていくのが、とにかくもう無茶苦茶楽しすぎるんだよ畜生、なんて叫びたくなることすらあるくらいだからだ。勉強や学問を『素敵だぜ』と認識できるようになったのは、おそらく、世界をそういった視線で眺められるようになったからなのだろうな、と思う。なぜそんな視線を持てるようになったのか、と問われるならば、未知と出会って驚くこと、を、楽しんでいる人がいることに気づくことができたからだ、と答えられると思う。要するに、触発、されたのだ。その触発がなければ、勉強や学問を称賛することはできなかっただろう、と感じる。から、環境が嗜好に与える影響というのは決して軽視できるものではないよな、と思ってしまう。