ほかの思考法

 もっと良い思考法はないもんだろうか、と昨日に引き続いて考えていた。もっと良い思考法はないもんだろうか、なんてことを考えてしまったのは、人間は『知覚した情報』を操作しやすい形に変換して扱っているようだ、と感じてしまったからだ。その認識に気がついたので、変換なんかしないで情報をそのまま扱う方法はないもんかね、と考えてみたわけである。操作できる形というのはおおむね『言葉』のことだ、と言える。で、別の思考法、について考えようとしてみて、注意しておかねばならないところもあるな、と気がついた。言うなればそれは、洗練されたものを改めて突き崩すのは難しいぜ、というようなことだった。つまり、すでに『抽象化して思考する』という思考法が人間の知性に採用されてしまっている以上、それがかなり効率的な思考法であることは間違いないわけだから、簡単にそれを否定することなんてできないと覚悟しておけ、と考えたのだった。