世界は称賛に値する

日記を書きます

背景を読み取りつつ

 発言を聞くこと、について考えていた。どんな意見にも裏には背景があるはずだ、と思う。誰かが紡いだ言葉である以上、その裏にはその人の歩んだ人生が存在するはずだ、と考えたのだった。つまり、そう発言するに至った道がその発言の裏にはあるはずだ、と考えたのである。そして、それくらいは考慮しておかないと駄目かな、と思った。それをきちんと考慮しながら聞けばどんな発言であっても成長の糧にできるのではないか、と考えたからだ。もっと発言の裏を読んでみよう、という話。午前10時出勤。正式に異動の辞令を受け取った。相談なども行う。以前働いていた職場が大変らしい、という話を聞いたりもした。しばらくは前の職場を助けたりすることにもなりそうだ。わりとそれは楽しそうだな、と考えている。実はかなり嬉しく思えている。一緒に働いていた人たちがそれだけ好きだった、ということなのだろう。そう思える人生を歩めていることと、素直にそう考えられる人間であれたことに、感謝を覚える。いわゆる『運命ノ女神サマ』は、昔の私にとっては、艱難辛苦を適切に与えてくれる素敵な敵、だったのだけど、そんな風に考えられるようになった今の私にとっては、サンクス、とたまに笑いかけたくなる素敵な存在になった。にしてもやっぱり敵なんだけど。神概念を信奉してもいないけど。それでも時おりそんなことを考えるのだった。世界に感謝したくなってしまう、のだった。