他者の声 実在の声(野矢刺激)P.232

他者の声 実在の声

他者の声 実在の声

《90点》

 人生の退屈を破るための、ここにおけるひとつの選択肢は、無限に対する構成主義を捨てることだろう。だが、ここではきちんと論じることができなかったけれど、ぼくは基本的に無限に対する構成主義的立場は保持したいと考えている。
 だとすれば、もうひとつの選択肢は、思考可能性の総体それ自体がけっして不動ではないと主張することにある。いま、私に開けている思考可能性の総体は唯一絶対のものではない。それは変化しうる。いまの私の思考可能性を形作っている有限の出発点が変化するかもしれない。あるいは、そこから展開していくときの手順が別のものになるかもしれない。議論が極度に抽象的なレベルにとどまっているため、何を言っているんだかよく分からないが、ともあれ、何か変化することによって、いまの私に開けている思考の可能性とは別の可能性が、いつか私に開けるかもしれない。
 実際、いまの私には、私が子どもだった頃には考えることのできなかった多くの思考が可能になっている。あるいは逆に、子どもだからこそ可能であった思考、いまはもう失われてしまった思考の可能性というものもあるだろう。かりにいま、私に開ける無限の思考可能性を見通すことができたとしても、それは思考可能性それ自体の運動の一断面に過ぎない。そして私は、そのようにして変化していく私の思考可能性の運動を見通すことはできない。
 ここにこそ、人生の退屈を破る突破口がある。たとえいまの思考可能性を見通してしまったとしても、なお、新たな思考可能性が開けるかもしれない。その期待に賭けること。