転・送・密・室(西澤保彦)

転・送・密・室―神麻嗣子の超能力事件簿 (講談社文庫)

転・送・密・室―神麻嗣子の超能力事件簿 (講談社文庫)

「ええ、ただし、その男が、ほんとうに鴻田の“実物”であれば、の話です」
 ここで、いよいよ問題の超能力に話題が移った。神麻さんが説明を引き継ぐ。
「先ず、スプリッターと呼ばれる超能力者とは、いったい何ができるのかを、ご説明します。さきほども言いましたけれど、簡単に言えば、自分の分身をつくるわけです。リモート・ダブルと言いまして、この場合だと、鴻田という男が同時にふたり存在する、という現象が起きるわけです。このリモート・ダブルは本人の意思によって、思いのままに行動させることができる。例えば、本人は自宅にいながらにして、遠く離れたホテルにいる知人に会いにゆかせたり、とか」
 犯罪者にとっては、まさに夢のような超能力ではないか、と思っていると、
「しかし、犯罪に利用するに当たって、このリモート・ダブルには、幾つか致命的な欠点があります。第一に、リモート・ダブルは実体ではない、ということ」

 これは単なる勘に過ぎないが、嫌がらせをしている張本人はわたしと頻繁に顔を合わせる住人たちの中にいるはずである。なぜならば、こういうことをする奴に限って自分の仕掛けた悪さの効果を確認したがる性癖があるからだ。だからわたしは、どの住人と顔を合わせても天真爛漫に振る舞ってやる。そいつにしてみれば、さぞ腰の座りの悪い思いであろう。しかし、わたしは許してやらんのだ。苛めとは要するに心理戦で、自分の素性がバレていないから有利だと考えるのは大きなまちがいである。向こうもわたしの胸中が読めないという事情は、おあいこだ。こうして、それぞれの住人たちの反応を見極め、いずれそいつを炙り出し、手前の心得ちがいを骨の髄まで染み込ませてやるつもりである。
 ふふん。どこの部屋の奴か知らんが、相手が悪かったわね。こう見えても昔っから、めげないことに関しては自信があるんだ。学生時代、気に入らない娘をいびり出す功名かつ陰険な手口で定評のあった某サークルのお局女子部員たちを敵に回してもへこたれず、ついに非公式ながら全員に謝罪させてしまったという輝かしい実績を持つ「大蛇の聡子」とは、わたしのことさ。キャンパスではいまも語り種だ。よろしいか。独り暮らしの女なんざ、ちょいと嫌がらせしてやれば泣きべそかいて尻尾を巻く――なんて決めつけていたら、大まちがいであるぞよ。