壁紙変えた

▼▼壁紙を少し変えた。比較的気に入っている。が、昂奮も長くは続かないだろう。別に昂ぶりが長く続けばよいということでもないかな、とは思った。だからといって、短いからこそよい、とも言えないとは思うけれど……。いつか慣れて視界から消える。視界外に消してしまう。気に入ったものが気に入らなくなるのではなく見えないところに姿を消し始める、ということに、よさ、を覚えられるような気はした。▼▼色合いで気持ちの動きが変わるという話なんかはあって。別に色合いなんかで変わらなくてもよいじゃんという気もしたけれど、色合いくらいで変わってくれたほうがよい、という気もした。いずれにせよ、部屋に模様が出来た。

7月7日に海を見た

▼▼海を見た。写真は撮り忘れた。写真があったほうがよい、と思うことが多いのは、記憶をあまり当てにしていないから、というより、記憶だけでは不足である、と思っているからであって、つまり、こういう言葉を選ぶと、写真というものを記憶の代替品のように見ていることになりそうなのだけど、代替品という言葉を使うとたいてい劣化にまつわる匂いが混ざってきがちであり、記憶の劣化版や補足版として捉えられた写真、というものに対しては違和や不満があったりもするため、代替品という言葉を混ぜることなく、写真というのはよいね、と言ってしまえるようになっておきたい、なんて思っているところもあったりはする。で、言えるようになっておきたい、という言葉は、言っていると思ってもらえるようになっておきたい、という意味である。この人の普段の言葉や態度からすれば、こういう意味合いで言っているんだろう、と解釈してもらえるであろう文脈を、意識し、作り、背負う、という指針や流儀、精神と行動は、けっこう好きだ。