面倒な業務に暗澹たる気持ちだったのが終わった

▼▼まあまあ面倒な業務が待ち構えていた日で、多少、戦々恐々としていたのだけど、まあおおむね平和のまま平穏のうちに解決したと言えるんじゃないかと思う。忙殺と陰鬱が数日のあいだ続いていたのって、人生としては比較的強印象な事例かと思っていたりするので、日記として書いておくとよいことの一つかな、と考えてみた。▼▼強印象、という言葉は勝手に造った。好き勝手に言葉の接続を製作し、機械上の文章として書くと、コンピュータの日本語変換ソフトが辞書登録してくれてしまって、次からは、ごくごく普通に変換してくれてしまったりする──、という環境によって、捏造語を普遍語だと誤認してしまっていることが増えていそうだな、と思ったりすることがある。とはいえ、最初は捏造語だったものが普及していき普遍語化することはあるのだし、普遍語であることを認識し普遍語であるよう振る舞うことが言葉の心髄だとも当然だとも思っていないし、捏造と普遍の線引きも曖昧ではあるし、だからまあ、捏造語気味であろうとなかろうと、話し手と聞き手のあいだに親切や愛や思いやり等があるならば、よいのかな、と考えてみたりもしている。いずれにせよ、ようやく作業がいったん落ち着いたと言えるかな。よかった。

夢の島熱帯植物園に行ってきた

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▼▼築地近辺を散策しつつ「夢の島熱帯植物園」に立ち寄ってみた。植物園で遊んだは初めてだった気がする。記憶違いでは、という声もまあまあ響いている。なんとなく引っ掛かる記憶印象があるのだ。明瞭な記憶は見当たらなかったため、植物園的なものに関する肌触りをいずこかで覚えたことがあるんじゃないかな、と思えた。あるいは複数の記憶を組み合わせて「植物館記憶」の音色を捏造してしまっているだけな気もする。物語での想像も混ぜてしまっているかも。▼▼植物館は楽しかった。物珍しさや掴みのよさによる楽しみを挙げるなら、食中植物が面白かった。養蜂の風味もよかった。最も、あ、ここが植物館の楽しみどころだな、と思えたのは──改めて気づけたのは、葉、だった。見慣れぬ花や見慣れた実を眺めながら、おお! と驚いていることが前半は多かったのだけど、多数の植物を見つめているうちに、葉の多様さに目が向けられるようになって、後半は、葉の形ばっかり見るようになっていた。緑色の差異、形状の独自性、効果の妄想、等々で楽しんでいた。植物園好きだと結論できている。なんとなく平和な風情なのもよい。
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