人類認識感度

▼▼芸術や物語、デジタルゲームやアナログゲーム、などなどの、面白さ、引いては、気持ちよさ、を調整していくにあたって、こまやかでささやかで、ほんのわずかの、変更を加えてみただけで、ほとんどの人間が「おおきく変わった!」って気づいてしまうであろうところと、知覚や感性に特定の器官や機構、ある種のセンサー、を持つ(培われた)人間だけが「明らかに変わったぞ!」って思えるところと、誰もがおおむね等しくて鈍感なのでたいていあんまり気づかれないところ、という区別があるんじゃないかなー──区別が可能なのではないかなー、というようなことを、整理整頓できないものか、と目論みつつ考えていた。

ド忘れにおける、言葉記憶、映像記憶、音楽記憶、画像記憶、出来事記憶

▼▼言語によるものではない記憶、に対して、ド忘れした!! って思ったことってないかも、と、改めて思った。映像記憶に対して「思い出せない」と思ったことがあんまりない気がするぞ、という思いつきが思考の初期衝動であった。のだけど、試行錯誤を重ねてゆくうちに、音楽記憶、に対しては「うまく思い出せない!」って思っていることあるなあ、っていう雰囲気にもなってきた。ついでに、画像記憶に対しても、見たばかりの絵画の細かいところが思い出せない、というような形状で思ったことあるか、って思った。映像記憶と画像記憶っていう区別もかなり微妙な区別な気がするけど……。


▼▼出来事記憶に対して「こういう出来事ってあったっけ? そんな出来事もあったような?」というような形状で「思い出せない」と思っている瞬間も、ある、って思った。といった時に語られている「出来事記憶」って実際のところ「映像記憶」と同じなんじゃないの?似てない? とも思い始めた。▼▼出来事記憶と映像記憶って線引き可能なんだろうか? というか、映像記憶って存在するんだろうか? するようなしないような曖昧さがあるような……。