抽象化と軽量化
考え、イメージ、印象、意見。ごちゃごちゃ頭の中にあるそれらを、いったん見つめなおし、中から要らんところを見つけ、削って、絞って、凝縮し、整理していく。リストも使う。図示もする。記号化や単純化だって辞さない。俎上に乗せやすい文脈も全貌を明らかにしておく。クリシェやミームも活用してみてよい。とにかく装飾や贅肉をなくして、軽くしていく。最終、処理しやすくする。
こういう「削ぎ落とし」(捨象)が抽象化かなと思っている。観念や情動を簡素なものにしていくことによって、同時にたくさんのものをあつかえるようにしたり、視野を拡げたり、遠くまで見渡せるようにしたり、していくんだと思う。周辺や彼方が見つめやすくなる。ときに、そういった挙動をうながしてくれる。
抽象と曖昧
気づけばなんだか抽象的な日記ばっかり書いちゃってるな~、と自戒することが多いので、そういった事態に対し、こういう「抽象化=軽量化」の認識を、適用できるかな、と考えていた。なんとなく問題がズレる気もしなくはない。
抽象と曖昧の区別がついてないんじゃないの?と思いついた。このふたつを見間違えているせいで、余計な混乱が起きている気がする。抽象的な日記と曖昧な日記を混同しているから、想像がしっちゃかめっちゃかになってそう。