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日記を書きます

百鬼夜翔 蛇心の追走―シェアード・ワールド・ノベルズ (角川スニーカー文庫)
▼読み終えた本を置いて、次は何を読もうかな、と積みあがった本の山に手を伸ばす。というのが基本的な私の読書スタイルで、ここからふたつの事実が導き出せる。まずひとつは、私の部屋には読んでいない本が常に積みあがっている、ということであり、もうひとつは、本を読み終えたあとすぐに私は次に読むものを決める、ということである。なんていうのはまあどうでもいいことだけど、そんな流れの結果、今回はひさしぶりに、角川スニーカー文庫の《百鬼夜翔》シリーズを手に取った。シリーズ四作目の『蛇心の追走』という短編集である。三巻を読んだのはだいぶ前のことで――というか、三巻はたしか、新刊として買って、すぐに読み終えた、はずである。というわけで、前作からはかなりの間が空いてしまっていた。正直なところ、細かい情報はほとんど記憶に残っていない。このシリーズ、物語そのものはほとんど続きものではないのだが、世界観やキャラクターが継続しているため、多少不便、と言える状態だった、のだけど、それでも、雷神と風神がいたことだとか、人間と一緒に行動するペンの妖怪がいたことくらいは憶えていて、まあ問題ないか、と判断できる程度には、普通に読み進めることができそうだった。通勤中に読むという形で読んでいるため、ペースはゆったりだが、とりあえずは一編目を読了した。

▼かつてはほとんど完璧なライトノベル読みだったこともあって、百鬼夜翔シリーズの前身である《妖魔夜行》シリーズが、かなり好きだった。確実におもしろかった、と今でも思うし、今読んでもおもしろいと感じるだろう、とも思う。しかし、百鬼夜翔シリーズには今のところ、なんとなくだが、そこまでの思い入れ/評価がない。妖魔夜行も百鬼夜翔もそうなのだけど、このシリーズには短編と長編が混在していて、そして、各物語で執筆者も違っている。俗にシェアード・ワールドと呼ばれる(かどうか知らないが)システムなのだ。つまり、ひとつの世界観を複数の作者が共有して、物語を紡ぐ、という形式。妖魔夜行から百鬼夜翔へと時代が移行するのに合わせて、参加する執筆陣も多少様変わりした。百鬼夜翔になってから新刊をすぐに買うような勢いが薄くなってしまったのは、そのあたりに不満があったのせいなのかなあ、と思ったりもする。とはいえ新しい執筆者たちを明確に不満に思ったことはないから、それだけではないのだろう(イラストレーターが変化したことなんかを含めた、こまごまとした変化が当然影響したのだと思う)が、しかしやはり、親しんでいた執筆者たちの物語が読めなくなるのは、残念だった。

▼一編目は表題作《蛇心の追走》で、作者は小川楽喜。この作者の書いた物語を読むのは初めてのはず。おもしろさ的にはそれなりかな、と判断。強いて言うなら、伊野冬子という登場人物の描写が薄いこと、が、難点だったのではないか、と思ったりした。この女性の心情/心理が物語に大きく絡んでくるのだけど、そのあたりの描写が薄かった(と感じた)ため、いまいち感情が動かなかったのだ。背景に《安珍と清姫》の伝承があったあたりは、良かった。が、その絡み方も中途半端かな、と思った。清姫が強大な力を持つ妖怪なのだから、舞台や状況をもっと深慮して、派手な戦いを演出しても良かったのではないかと思う。敵の中途半端な強さのせいで、楽しさも中途半端になってしまった、なんて印象。主要人物《赤い靴》メンバーも、最後の戦いでは苦戦している様子だったけれど、その描写も、工夫すればもっと《苦戦してる感》を強くできたんじゃないかな、とか。結構不満ばかりだけど、読む時間が苦痛だった、なんてことは思わないし、つまらなかったかと言われれば、確実に否定する。要は、そういう曖昧な領域に落ち着いのであった。

▼妖魔夜行から百鬼夜翔へと時代が移り変わる過程で、設定的なものも変化を遂げた。その大きなひとつが、妖怪たちのスタンスの変化、であろう。百鬼夜翔を読んでいて思うのだけど、百鬼夜翔と妖魔夜行では、人間と妖怪を結ぶ関係の性質が違う。その差は、妖怪たちの人間に対する考え方の違い、と、人間たちの妖怪に対する考え方の違い、みたいなところにもあるのだけど、一番違うのはやはり、作者たちの、物語の描き方、にあるのだと思う。妖魔夜行の物語は、おおむね、人間側に比重が置かれていた。たとえば物語冒頭で襲われるのは大抵一般人であり、そこから、助けを求めてきたり、時には偶然だったりして、主要人物たちと関わる。そういう流れが多かった。しかし百鬼夜翔では、最初から主要人物たちが事件に関わることが多い。比重が最初から妖怪側、というか、主人公たち側にあるのだ。そのせいで、神秘性がなくなった、なんて言い方は、何も言っていないに等しい気もするが、なんにせよそのせいで、妖怪たちが持つ魅力が薄れてしまったように思う。だが無論、その差が、物語をつまらなくするものだとは言い切れない。うまく料理すれば、良い味を引き出せる変更点ではあるだろう。そのあたりを期待していきたい、とか思うのだが、評判を聞いていると、そこまでの魅力はこれからもあまり期待できない様子かな。先入観は敵だから、まあいいけど。前シリーズのキャラクターなんかも、もう少しくらい出てくれてもいい気がするのだが、あえてそこはしない方向なのかなやはり。