杉並区で飲んだ

▼▼普段の可動域で行動してると出向かない区域、っていうのがたまにあって、荻窪や高円寺のあたりが、じぶんの場合はそうだと言える、かと思う。初めて行くぜ、って気分で踏み入れてみたら、あれ?ここ来たことある?見覚えある? と思えてきたので、ログを検索してみたところ(行動記録が趣味なので意外と調べられたりするのである)数年前に来たことがあった。▼▼ボードゲーム専門店「すごろくや」が高円寺にあって、以前、二回、買い物に来ていた。▼▼正確には、あの買い物に来た時に視界の縁に流れてた街並みが高円寺であったのだな……、という意識である。
▼▼以前に一回だけ立ち寄ってみた街、の記憶が、脳内に、実は、かなり沢山、ごろごろしていて、整理もできてないので、突如思い浮かんだ街並みが気になって、この風景はどこの風景……!? って時たま唸ったりもしている。▼▼軽く調べてみては少し足を伸ばしてみる、っていう風情でおおきな書店巡りをしてたこともあるから尚更、というか、この「巡ってた」時の風景の記憶が、ほんとうにごちゃごちゃ混ざってる。
▼▼小学校の時の顔触れ、数名、と飲んだり食べたりした。果実酒と鶏肉を得た。
▼▼当時はぜんぜん絡みがなかったのに、なんだか妙な縁で、十数年ぶりに改めて話すようになった、というような関係性は、非常に好きだ。幸せだと言える。▼▼って状況に幸せを覚えてしまうのは、まあ、取りこぼしたくないよー、なんて思っちゃってるから、なのだよなー、とは思うけど……。じぶんにとっての素敵な出会いを、ぜんぶ、抜けなく欲しがっている、のだ。▼▼欲張っている。
▼▼でもその欲は無謀すぎるぜ、過剰な欲は幸せにならないぞ、とも思うんだけど、でもねえ……。だからって簡単に程よい欲のおおきさに調整できたりはしないしねえ……。
▼▼まあ、実際に、妙な縁でひさしぶりに再会できるような場面が稀にあった時に、無闇に喜んでる、って状況くらいは許しておいてあげてもよいかなあ……。結局少しは取りこぼしちゃう、ってことに対して、歓喜が昂じて──歓喜期待で欲のタガが外れ始めて、諦めがつかなくなり始めたらマジヤバイ、というようなことだとは思うので……。
▼▼適宜調整していく。▼▼適宜調整できたら苦労しないぜ的な雰囲気なかった?
▼▼極めて楽しく飲み食いできた日であった──、というのに、世界に対して欲張り的に過大な欲求を思い描いてしまうだけでなく、我慢までできなくなり始めちゃったら、まあマジヤバイっすね、なんて話題で文章を終わらせようとするなんて、思考と文章の推進の強さってスゴイな、と思ったりもしました。勝手に進んだ。