伏線と伏線じゃないもの

▼▼伏線、は、設定の小出し、思わせぶりな台詞や描写、前振り、などとは違うよ、という話を見かけることが時々あって、綺麗に理解できていなかったので、調べた。
▼▼伏線というのはつまり「書き手が伏せようとしていること」が肝要であり、だからまあ、物語の中で登場人物が「謎」として認識できてしまっているようなもの、あとは読み手に「謎」と思わせようとしているようなもの、は、伏線、とは呼びえない、というような「くくりかた」が、比較的理解しやすいものだった。暗示じゃないと駄目な雰囲気。
▼▼物語の中でも登場人物は気づかないし、読み手も気づかないようなものだし、そもそも書き手は気づかせまいとしているものだし、伏線なんてものはなぜあるのか、っていう疑問の話をするなら、読者をほどよく納得させたい、読者をほんの少し驚かせたい、という二つの意志や欲がありうるからでは、なんてことが言えそうにも思った。
▼▼派手な形で情報を出しておいて「なるほど、こうなるんだ!こう来るんだ!」と思わせるような「納得感」ではなく、おお、なるほど、うーん、そうか、こういう現象の描写があったわけだし、確かにまあ、この文脈や気配も近づいてきていたんだな……、というような、ほんのりと、じわじわと、納得を、誘う、といった「納得感」だ。ほんのりじわじわ近づかせたほうが脳内にうまく染み渡ることもある、と思えるような状況も合ったりするしなあ。
▼▼同じような形状で、静かに驚かせる、ゆっくり驚かせる、地味に驚かせる、といったことを狙いたくなる気持ちや、狙ったほうがよさそうな状況、狙ったほうがよいという判断や決意、が、あるのも、想像はできる。
▼▼隠しかたで魅せる、魅せようとする、魅せたいという欲がある、魅せたほうがよいと判断する、あたりの現象についても、合わせて思った。物語の面白さのために「伏線」という技術は、活かしうる、でもって、活かすのがうまいという自覚も持ちうる、し、物語の面白さのために活かせるものはぜんぶ活かそうという判断もありうる、ので、これを活かしてみせるぜ!っていう決意も、あってよい。

【伏線】
 伏線(ふくせん)は、物語や作劇上の技術のひとつで、物語上において未来に起こる重要な出来事を、些細なかたちで前もって暗示しておく手法である。読者や聴衆の失望を回避するため、あるいは感興を引き起こすために用いられる。時には登場人物によるはっきりした予言といった形をとることもある。

 ミスリードとなるように企まれた伏線はレッドへリング(燻製ニシンの虚偽)と呼ばれる。また伏線と似た物語上の技術にフラッシュフォワード(英語版) と呼ばれるものがある。伏線が暗示やほのめかしにとどまるのに対して、フラッシュフォワードは物語上において後で描かれる場面の一部を、読者・観衆に前もって明示的に描出する手法である。

 米国の文芸評論家ゲイリー・モアソン(英語版)は、「伏線」(foreshadowing)のアナロジーで、その逆を意味する“sideshadowing”という概念を提示している。これはトルストイやドストエフスキーの長編小説に顕著にみられるもので、物語上で描かれるある場面が、後で振り返ると物語の主筋とは何の関係もなかったことが分かるというものである。モアソンによれば、こうした方法はフィクションの真実らしさの度合いを高めるのに役立つ。なぜなら、読者は現実の生活が小説のように首尾一貫したものではないことを知っているからである。そしてこうした方法によってもたらされる構成欠如の感覚は、読者に現に起こる出来事の意味を問い、解釈させることを促す。
──伏線 - Wikipedia