60秒で書きました(二行目の途中まで)

▼▼時間制限60秒で文章を書こうと思いついて、短ければ短いほどって姿勢で動いたら実現が可能になる発想があるかなって思って、実際試してみたけど、諦めた。事前にある程度は想像していたけど、ほんとうに何の役にも立たなかった。という断言はまあだいぶ好きじゃないので、あくまで誇張表現としておくけど、でも実際問題、たしかにあんまり意味ないなー、とは強く感じたのだった。脳内感覚や執筆感覚は五分制限あたりとほぼ同質に思えた、し、結局は普段と違う感覚が得られようと得られまいと、実際的に書くための時間が足りなくて、つまり顕わにできなくて、伝達不可能だな、と思ったのだった。
▼▼自動発動系疑問文(あるいは常駐系疑問文)の「相手に伝わらない言葉はあるだけ無駄なのか?」が発動し始める匂いを感じました。▼▼攻め手が多分野に及びうる「多面的問い」であり──であるせいで、数十回もの試行錯誤を重ねても──実際まあまあの回数重ねたと思うのだけれど、きっちり整理できて、縁が切れ、次回からはショートカット的断言風味で「即座に思える」ようになる、ということがあまりなくって、だから不意を突いてちょくちょく思考に引っ掛かってくる。ので、引っ掛かってきた。▼▼無意味とか無駄とか素敵とか善し悪しとかを決めるのは解釈者なので……、というショートカット断言も発動する。解釈者つまり自分にとって意味があると言葉にできるか。脳内活動だけで終始する「最終的には言葉にする時間はないけど書こうとしてみる」に意味を見出せる?
▼▼意味を見出せますか?、なんて改めて問い直す──問い質すような状況が、もう最初から「意味を見出さざるを得ない」雰囲気を誘うよなー。でもって、頑張ったらおおむね意味を見出せる。頑張りはすぐ意味になるからだ。派手な心の動きはすぐ意味になる。