人間的アプローチの集大成としての性格で、誰かを癒せるのかとか

▼判断や行為が性格の問題にならないような世界は、いくらかほっとできるような、だけど実際は退っ引きならない世界だろうなと思う。難しいな。性格と意志の関係とか、性格と評価の関係とか。あるいは、性格と罪悪の関係とか。性格という概念が、いかなるものを許して、いかなるものを締め付けているんだろう、と思うのだ。隠し、同時に、誇張しているんだろう、と思うのだ。性格を提示すると、人間を誇示しているような感触が浮かぶ気がするのだけど、人間を誇示して、誰かを幸せにできるのかなー。誰かの性格を敬愛したり嫌悪したり、するけど、あれは何なんだろう。何を見ているんだろう、と考える。